Pick up!!「30代の女性公務員が民間企業へ転職して気づいた仕事観」

30代の女性公務員が民間企業へ転職して気づいた仕事観

#転職して見えた仕事観 #人生の時間を考える #後悔しない働き方 1.キャリア迷子の記録

転職を考えている方で年齢や経験など「自分の属性による厳しさ」に迷う方は多いのではと考えています。

私も「公務員・30代未経験」という属性に迷い、なかなか転職の決断ができなかった人の一人です。

ただ実は、転職は「してからがスタート」なんですよね。

私は転職先の新しい世界で、はじめて自分の中の「仕事観」を見直しました。

この記事では、転職先での環境の変化によって芽生えた新しい価値観を振り返ります。

もし今、仕事や将来のことで悩んでいる方がいたら「こういう考えの人もいるんだ」と気楽に読んでもらえると嬉しいです。

関連記事

これまで、転職に迷ってから決断、応募するまでの悩みを、3回の記事に分けて振り返っています。

もし同じ悩みを感じている人がいたら、何か参考になるポイントがあると良いなと思いますので、ぜひ目を通してみてください。

●転職を考えてから決断するまでの迷い(年齢や結婚、安定を捨てることへの不安など)

30代女性公務員がこのままでいいの?と1年悩んで転職を決めるまで

●「公務員の経歴が民間でどのように役立つか」スキル棚卸しの考え方

公務員の未経験転職|職務経歴書に書けるスキルの考え方

●転職の応募直前に再度感じた迷いと不安の乗り越え方

30代公務員の未経験転職は厳しい?不安の乗り越え方

公務員が民間企業へ転職|自身の価値観へ影響を与えた2つの変化

自分の価値観の変化に影響したと感じる「公務員と転職先企業との違い」は、2つあります。

「仕事の進め方」と「多様なチームメンバー」です。

公務員として働いていた頃とは、仕事の進み方や関わる人が大きく変わりました。

環境が変わったことで、自分の価値観にも少しずつ変化があったと感じます。

以下で、それぞれについてお話します。

①プロジェクトごとに変わる実施期間とメンバー

公務員から民間企業へ転職して感じた大きな違いの一つが、プロジェクトの期間とメンバーの組み方でした。

私が転職したのは、広告・メディア関係の会社です。

仕事内容はイベント企画やCM制作、販促キャンペーンとさまざまで、各プロジェクトによって実施期間が異なっていました。

たとえば「△△販促イベント」は3日、「■■のCM制作」は半年間など、複数のプロジェクトを同時並行で進めます。

一方、公務員がおこなうプロジェクト(◎◎事業という言い方をします)の期間は、4月から翌年3月までの1年が基本です。

また、広告・メディアの仕事ではプロジェクトごとにチームメンバーも変わりました。

藤川
藤川

たとえば「今回の販促キャンペーンは◯◯さんの経験が頼りになりそう」といった形で、

クライアントの依頼内容に応じてメンバーが編成されます。

公務員の仕事は、入札で選ばれた事業者と同じメンバーで1年間、仕事を進めるケースが一般的です。

そのため、公務員時代と転職先の「仕事期間やチームの組み方の違い」は、私の価値観が変わるきっかけになりました。

②多様な人材とそれぞれの強みを活かす働き方

私の価値観の変化に影響を与えた「公務員時代と転職先企業の2つ目の違い」は、関わる人の多さです。

転職先の広告・メディア企業では、一つのプロジェクトに営業やデザイナー、マーケターなど、多くの職種が関わっていました。

それぞれの職種で専門分野が異なるため、仕事への視点や考え方にも違いがあります。

仕事を通じて、多くの人のさまざまな価値観に触れられたのはとても良い経験でした。

藤川
藤川

公務員の仕事も部署ごとに役割がありますが、他部署と連携するケースは多くなかったです。


そのため、これほど多くの専門分野が違うメンバーと一緒に仕事する経験は、ほとんどありませんでした。

また、プロジェクトによっては制作会社へ外注し、社外のメンバーが加わりました。

さらに、プロジェクトメンバーは人から人への紹介でつながっていくケースもあります。

こうしてたくさんの人が関わりながら、それぞれの個性や強みを活かしてプロジェクトが進んでいきます。

この文化は公務員時代にはなく、新鮮で面白いものでした。

転職による環境の変化で生まれた新しい価値観「自分の力で稼ぐ」

転職先の仕事の進め方や多様なチームメンバーとの関わりによって、私は「自分で収入を得ること」に目を向けるようになりました。

これまでの自分は、公務員という大きな看板の下で働いた経験が一番長いです。

そして「新しい看板」の転職先(広告メディア企業)での私は営業職でした。

社内には、デザイン職やマーケター職など「その人だから仕事をお願いしたい」と依頼される人たちがいました。

彼らを見て「もし今、会社の看板がなくなったら、自分には何も残らない」と考えるようになったんです。

そして「自分自身で稼げるスキルを磨きたい」と強く感じるようになりました。

藤川
藤川

もちろん、営業職として「自分で稼ぐ力」を伸ばす道もあると思います


実際に、コンサルティングや営業代行などを個人で受注して活躍されている方も多いはずです。


ただ、あくまで当時の私が「自分で稼ぐスキル」を考えたときに、営業系の仕事のイメージはあまり湧きませんでした。

自分の稼げるスキルは何か|考えて見つけたWebライターの道

「自分で稼ぐためのスキル」で私が考えたのは「Webライター」でした。

Webライターに興味を持ったのは、もともと文章を書くのが好きだったからです。

これまでの経歴でも「文章の読み書き」に触れる機会が多かったと感じます。

たとえば、公務員時代、制度に関する資料を作成して内容を整理しながら説明する業務に多く携わりました。

また、大学院では理系分野の研究をしており、論文を書いていました。

こうした経験から、文章を書くこと自体に大きな抵抗はなかったです。

ただ、私はずっと組織の中で働いてきたため「個人で仕事を受ける」という感覚は、当時まったく想像できませんでした。

最終的には副業スクールに通うのを決め、本格的にWebライターのスキルを学び始めました。

本当にスキルが身に付くかわからない「怪しい副業スクール」が存在するのも事実です

私は結果として副業スクールに通いましたが、全員におすすめできるものではありません。

以下の記事で怪しい副業スクールを見分けるポイントと、後悔しない選び方について解説しています。今迷っている方は、ぜひ目を通してくださいね。

はじめてWebライターとして仕事ができた日の喜び

Webライターとして最初に受注できた仕事は転職に関するコラム記事です。

藤川
藤川

自分に転職経験があるため、就職関係の記事制作の募集案件を中心に応募していました。

このときは文字単価2円で、字数に応じて報酬が支払われる形でした。

「自分の書いた1文字に2円の価値が付くんだ」と、嬉しくなったのを覚えています。

自分が過去好きだった仕事と転職による新しい世界で覚えた違和感

公務員から民間の広告・メディア企業へ転職した結果、毎日多くの学びがありました。

ですが、仕事の中でふとした違和感を覚えることがあったんです。

それは「この仕事をやってよかったと心から思えないこと」でした。

とはいえ「仕事は面白い・楽しいものではない」という意見があるのも理解できます。

ただ、転職先の仕事にやりがいを感じられなかった経験は、自分の仕事観に気づくヒントになりました。

以下では「公務員時代に好きだった仕事」と「転職先での違和感」について、お話します。

公務員時代に好きだった「関係者の顔が見える」仕事

公務員時代に私が好きだったのは、プロジェクトに関わる人の顔が見える仕事でした。

理由はクライアント側である行政と受託事業者が、一緒にプロジェクトをつくっていく感覚があったからです。

たとえば、公務員は調査事業や制度説明会などの仕事を一緒に進めてくれる事業者を、入札によって募集します。

受注した事業者と一緒に企画を考えたり、必要があれば現場に足を運んで企業や団体のヒアリングをしたり。

「どうすればこの事業がうまくいくのか」を行政と受託事業者で一緒に考えていきました。

関係者と二人三脚で「お互いの顔が見える距離で仕事ができること」が、私はとても好きだったんです。

藤川
藤川

ただ、クライアント側でありながら実務にも深く関われたのは「担当事業の予算規模が大きくなかったから」だと感じています


転職先で私が担当した仕事は、公務員時代の内容と比較して予算規模が一桁違いました。


「プロ」として、企画の検討から実行までを請け負い、その対価が予算に反映されていたんです。

公務員を辞める一つのきっかけとなった「関係が続かない」仕事

振り返ると、公務員を辞めようと思った理由の一つに「異動によって仕事の関係が途中で途切れる物足りなさ」がありました。

公務員には定期的な異動があり、担当者が変わると、それまで築いてきた関係も引き継がれます。

そして企業にとって大切なのは、行政の担当者「個人」ではなく「ポジション」です。

企業の中では、新しい担当者とのやり取りが積み重なり、以前の記憶は少しずつ上書きされていきます。

もちろん、この仕組みには大切な意味があります。特定の人に知識や権限が集中しないようにするためです。

公共サービスを平等に提供するため、公務員にはゼネラリストとしての働き方が求められます。

ただ私自身は、担当が変われば関係が途切れてしまう働き方に、少しずつ物足りなさを感じるようになりました。

転職先での違和感|関係は続く…けど今度は顔が見えなくなった

公務員の「異動により関係がリセットされる働き方」へ物足りなさを感じていた私ですが、転職先では別の寂しさを実感します。

転職先での仕事は途中で担当が変わる場面はほとんどなく、社内外の関係者と継続的に関わりながら仕事が進みました。

「私が望んでいた働き方だ!」と嬉しかったのですが、今度は関わる人の顔が見えなくなったんです。

一つのプロジェクトに対する予算が大きくなり、内容も複雑になりました。すると、仕事は役割ごとに細かく分かれ、それぞれ専門の担当が配置されます。

必要な技術があれば外部の会社へ発注する場面も増えていきます。

こうして仕組みが整い、プロジェクトが大きくなるほど、一人ひとりの存在は見えにくくなったと感じました。

転職したからこそわかった自分の仕事観と実現の難しさ

ここまで、公務員時代に好きだった仕事や、働く中で感じた物足りなさ、そして環境を変えるために転職した経験をお話しました。

二つの経験を振り返り、私は「関わる人の顔が見える距離で一緒に仕事を進められる環境にやりがいを感じる人」だと気づきました

クライアントも、受注する事業者も、プロジェクトを末端で支える人たちも。

そして関係者と一緒に仕事を進められたのは「公務員」かつ「予算規模が大きくなかった」からできたことです

公共サービスを提供する行政と違い、民間企業は自社の利益・成長を考えなければいけません。

関係者と二人三脚で仕事を進められるような環境は、事業の財源を公共団体が持っていたからこそ成り立っていたのだと、理解しました。

藤川
藤川

転職して初めて、自分が本当にやってよかったと思える仕事の形がわかりました。


ただ、理想の仕事の形について「実現は難しそう」とも感じていました。


そのため、1社から収入を得るのではなく複数の仕事を掛け持つなど「これまでの働き方を根本的に見直す必要があるな」と感じたんです。

退職の決断を後押しした「疎遠だった祖母の死」

自分の仕事観を認識したとき「退職」が頭をよぎります。

  • 収入は圧倒的に減るけれどWebライターとして仕事は続けられそう
  • 一度退職してWebライターに集中しながら新しい働き方を模索してみようか
  • 完全に理想の働き方が実現できなくても、複数の仕事を掛け持ちながら希望する形に近づけられないか

など、今後について考えるようになりました。

ただ、会社がとても寛容に対応してくれていたため、退職の判断は迷いました。

「社内にはいろいろな仕事があるから、合う仕事が見つかるかもしれない」と、上司が真剣に相談に乗ってくれていたんです。

以下では、このようなありがたい状況の中「疎遠だった祖母の死」がきっかけで退職を決断したときを振り返ります。

疎遠だった祖母の死と心に残った最後の記憶

家族や親戚との関係は年齢を重ねるごとに変わっていくと感じています。

実は、私は祖母と「ものすごく仲が良かった」というわけではないのです。

大学入学と同時に実家を出た私は祖母と会う機会が減り、関係が少しずつ遠くなっていました。

「疎遠」という言葉に近いと思います。

ですが幼い頃、共働きの両親の代わりに一番近くにいてくれた大人は祖母でした。

祖母は施設に入り96歳まで長生きしてくれましたが、コロナ禍の影響で面会が制限されていたため、最後の数年間はほとんど会えていません。

最後に会えたとき、祖母はもう私の顔がわからなくなっていたんです。

私は手を握りながら「ありがとうね、元気でね」と声をかけると、祖母は「うん」と笑っていました。

その後、祖母と会う機会は二度とありませんでした。

大人になってからは疎遠だったけれど、一番お世話になった人。もちろん、祖母を嫌いになった時期だってあります。

「けど、疎遠にならないように、もっと連絡を取れば良かった。」
「会いにいけば良かった。」
「いなくなってしまうのなら…」

と後悔したのを忘れません。

写真になった祖父母|時間の重みを実感した瞬間

祖母と同じく、私が幼い頃近くにいてくれた大人は祖父でした。

ですが、祖父は私が小学生の頃亡くなっています。

祖父と一緒にいられた期間は短いですが、大切な人です。

そして大切な祖父の仏壇に、新しく祖母の写真が並んでいました。

もう「祖父の仏壇」じゃなくて祖父と祖母の「2人の仏壇」。

私は2人の仏壇を見て思わず、

「2人とも、写真になっちゃったんだね」

と言葉が出ました。

そしてそう思った瞬間、時間の流れを強く実感したんです。

部屋のドアを開ければ、昔の祖父母の姿を今でも思い出せます。笑って、動いて、そこにいた人たちです。

それでも今、2人は写真の中にいます。

小さかった私も、気づけば30代の良い大人です。

2人の仏壇を見ながら「人生には終わりがある」と強く意識し「後悔しないようにしよう」と退職を決断しました

藤川
藤川

30代女性。独身。

安定した会社を辞めるなんて、まったく賢い選択じゃないと思う人はきっと多いですよね。よくわかります。


けれど、優秀でありたいか正直でありたいか…自分に正直でいてみようと思ったんですよね。

人生は限られている|自分の仕事観を大切にして生きたい

私は転職してはじめて、自分の仕事観を認識できました。

そして、祖母の死をきっかけに「時間」について考えるようにもなりました。

今は、人生には必ず終わりがあるから「自分の仕事観を大切にしたい」と感じています。

ただ、行政・民間の両方で働いたからこそ、自分の理想が簡単に実現できるとは思っていません。

それでも私は、後悔しない働き方を選びたいと思ったのです。

このあと私は自分の仕事観と向き合いながら、これからの働き方を模索していきます。

「キャリアブレイク」期間です。

1年間の無職期間は、私にとって大きな経験となりました。

以下で、キャリアブレイクを通じた成長と今後の目標について書いています。今「なんとなく人生の選択に悩んでいる方」などに、一つの体験談として参考にしてもらえたらと思います。

ここまで読んでいただきありがとうございます!この記事が人生や働き方に悩む方にとって何かヒントになる部分があると嬉しいです。

この記事を書いた人
藤川 桜

公務員→広告・メディア業界→キャリアブレイク→フリーランス

このブログでは「人生の意思決定」をテーマに、
働き方・キャリア・生き方など、自分にとって最適な選択を考えるヒントを発信しています。

藤川 桜をフォローする
1.キャリア迷子の記録

コメント