20代半ばの頃の私は、実家について「いつでも帰れる自分の家」感覚でした。
そのため、昔の服や本、おもちゃなどはそのままにしていました。
ですが、姉に子供が生まれて新しい家族が増えるんだと嬉しく思ったとき、同時に「そこに自分はいない」と気付いたんです。
「新しい家族が増える空間に、もう役目を終えて使っていない私のモノが置きっぱなし…」
それから、私は実家の片付けをはじめました。
以下では日記として、私がはじめて実家の片付けをしたときの話をつづります。
「実家の片付けはどこから手をつければいいんだろう」
「売れるものはあるのかなぁ」
など「なんとなく実家の片付けをしないとな、と意識はしているけど腰が重い…」と感じている人などに、一つの体験談として気楽に読んでもらえたら嬉しいです。
孫の誕生ではじまる新しい実家の歴史
当時、私はまだ20代半ばで、両親は現役で働いていました。
そのため、実家の片付けを真剣に考える必要はまだまだ先だと思っていたんです。
そんな中、実家の近くに住む姉が妊娠。
両親にとっては初孫で、私も「はじめて赤ちゃんと触れ合える!」と、とても楽しみだったのを覚えています。
そして、もともと実家で私が使っていた部屋には、出産直後の姉と赤ちゃんを迎えるための布団や日用品がそろってきました。
新しい命を迎える準備が進むたびに、私は置きっぱなしにしていた自分の持ち物が急に気になり始めたんです。
今思うと、実家は小学校や中学校のようだと感じます。
思い出がつまっているけれど、卒業したら過去の場所。
もう住んでいない私の荷物が置かれている実家の部屋は、まるで「卒業生の荷物が置きっぱなしの教室」のように思いました。
実家の片付けはどこから始める?まずは自分のモノから
正直「いっそ実家をまるごと片付けた方が良いのでは?」とも思ったのですが、母は日常を送っています(父は単身赴任でいませんでした)。
いくら娘とはいえ、急に普段住んでいない人にモノを整理され始めたら、戸惑ってしまうでしょう。

ちなみに、両親と実家じまいに向けた片付けについて話すのは、このときから10年後です。
私は「まず自分のモノを整理しよう」と片付けを開始しました。
すると、母がとても驚いていました。
急に片付けをはじめた私を、母は直接的に否定こそしませんでしたが、
「まだ使えるんじゃない?」
「それ、もったいないよ」
と、ゴミ袋を確認しながら声を飛ばしてきます。

正直「私のモノなんだから放っておいて…」と少しうんざりしてしまいました。
そしてこの「母のもったいない攻撃」は私が想像もしない発想で飛んできました。
たとえば、外側にガラケー(懐かしい…!)が入るポケットがついた手提げバッグ。
状態は悪くなかったですが、スマホ時代の今、使い勝手がいいとは言えません。
母は「生まれてくる姉の子にあげたら?」と提案してくれましたが…
「スマホ時代に生まれた子が、ガラケー用ポケット付きのバッグを欲しがる姿がどうしても想像できない」と、
母のもったいない攻撃の発想に、ある意味感心しました。

実家の片付け、なかなか進まないって悩む人は多いのではないでしょうか。
確かに、生活している両親からすると「今不自由していないのに、モノを捨てられる」と恐怖を感じるのかもしれません。
とはいえ片付けたい気持ちもわかって欲しいですよね。私がおすすめの「実家の片付け第一歩」は「まず自分のモノを淡々と片付ける」です。
(兄弟姉妹がいる場合は、それぞれが自分の荷物を片付けるのがベストだと考えますが、すぐの実現は人によって難しい場合もありますよね。私も姉の荷物には手をつけていないです。)
実家の片付けで見つかった「意外と売れるもの」
私は物の状態を見ながら、
- 可燃ごみ
- 不燃ごみ
- リサイクルショップに持ち込むもの
- 姉の子が遊べそうなもの(ブロックやシルバニアなど)
に分けていきました。
リサイクルショップ行きはバッグやポーチといった、状態が綺麗で使えそうなモノです。
とはいえ、外側にガラケー用ポケットが付いた手提げバックなど、いかんせん流行が古い。
あまりにも現代の流行にあっていないモノは「買い取ってもらえないかも」と感じていました。
ですが、全部で800円くらいになったんです。
買取に出した品物の量は、45Lのゴミ袋2つが埋まるくらいだったと思います。
「意外と持っていってみるものだなぁ」と、処分せずに済んだので安心しました。

不用品処分については、市が運営するリサイクルセンターに寄付できる地域があります。
家電も動作に問題がなければ、古くても大丈夫です。ただ、これは本当に地域によるので、お住まいの市や区のHPを確認してくださいね!
今思う「モノを片付ける娘」に対する母親の気持ち
30半ばになった今、10年前の私が実施した実家の片付けについて、難色を示した母の気持ちが少しわかるようになりました。
おそらく、私が思っている以上に、母は寂しかったのかもしれません。
私は「新しい実家の歴史がはじまるから」と、もう住んでいない自分の荷物を片付けました。
ですが、母からすると娘も孫も、同じ実家の歴史の中にいてほしかったのだと思います。

娘がいなくて寂しいという意味ではありません。
実家の荷物は「母がそこで生きてきた証」であるため、まるで「歴史が片付けられるような寂しさ」を感じたのかなぁ、と思います。
(おそらく…!)
ただ、家を出ている私だからこそ「一緒に時を重ねるのは難しい」のをよく分かってました。
実家と私の当時の拠点は距離があり、帰省は年に一度ほど。
会う頻度が少なくなると、日常の歴史の中にはどうしても入りにくいです。
あのときは実家の片付けに対して否定的な母にうんざりしてしまいましたが、母にもいろんな気持ちがあったんだなぁと思います。

今、両親と姉家族は私の知らない日常の思い出をたくさん作っているようです。私が片付けた部屋で孫が遊んでくれるとも聞きました。
私は「やっぱり片付けてよかった」と強く思いました。
なお、母はこのときから10年後、母の実家(私からすると祖父母の家)の片付けに翻弄されることになります。
実家からの卒業と新しく始まる関係性
実家との関係性は家族ごとにさまざまですよね。
私は新しい家族の誕生によって「なんとなくもう一つの家」だと思っていた実家が「卒業した思い出の場所」になりました。

なお、私は卒業という言葉を使いましたが、そう思わない人もたくさんいるだろうなと感じます。
私が実家から「卒業」だと感じた理由は、荷物を片付けているとき、寂しさはありつつも、すっきりした気持ちだったからです。
この「寂しさとすっきりさ」は、私の中で「学校を卒業して新しい生活を迎えるときの気持ち」と似ていました。
学校は必ず卒業の時期がありますが、実家にはありません。
私にとっては、実家の卒業を実感したきっかけが「親の死」など、悲しいことでなくてよかったです。
そして、実家の片付けは「最期」が連想されて、考えるのがつらくなりやすいと個人的に思います。
ですが、動けるうちに「なんらかのきっかけで自分の手元にやってきたモノたち」と向き合い、納得いく形で手放していけると良いな、と感じました。

いよいよ我が家も両親、姉、私それぞれ歳を重ね、今後5年かけて実家じまいについて考えていきます。


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